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第一印象


「ほら。取り寄せといてあげたわよ」

そう言って、理野が茶封筒を差し出した。何だろう。受け取って中の書類を引っ張り出す。論文とプリントアウトされたプログラムだ。俺、これ読みたいって言ったっけ?よく分からない顔をしてると、理野が苦笑して俺の机の端に尻を乗せながら言い足した。

「アンタを招聘してるロージェノム研究所の、多分アンタのボスになる人の論文!興味あんでしょ?」
「…あ、ああ!ありがと、理野」
「論太って呼んで。アタシもぱらぱら見てみたけど、随分アクの強そうな男よ。可愛いウチの子が苛められなきゃいいけど」

理野は大学の同期だ。院に持ち上がっても一緒にいてくれる、俺の数少ない、そして大切な友達。いつも戯けた口ぶりだけど、本気で心配してくれたり、親身に相談に乗ってくれる。俺はそれが嬉しくて、思わず弛んでしまう口元を書類に隠して言った。

「苛められたら帰って来ていい?」
「キズモノにされないうちに戻って来なさい。じゃあね」

理野は俺の頭をくしゃくしゃ撫でて自分の机へ戻っていった。俺はそのひょろっとした長身の背中を見送ってから、受け取った論文に目を落とす。表紙には「4脚ロボットの体性感覚・前庭感覚による歩行調節」と書いてある。ページを捲って英文を追う。落ち着いて読めたのは最初の二行だけだった。一ページ目から、周りの音が聞こえなくなるぐらいのめり込んだ。すごい。何だこれ。想像もつかないような難しいことを、当たり前みたいに無造作に。いっそ少し乱暴なぐらいに。ページを捲る指先と膝のあたりに震えがきた。プログラムに目を通す。その枚数の少なさに驚く。こんな複雑な動きを、こんな短いプログラムで組めるわけがない。

焦る指でソフトを立ち上げてそのプログラムを打ち込んだ。足りないと思ったコマンドは、必ずどこかでフォローされていた。これはただの記号の羅列じゃない。シンプルで力強い、極限まで削ぎ落とされた名文だ。このプログラムのなかに、これを作った人の経験や、覚悟に似た理想が惜しみなく注がれている。打ち込んだプログラムが動き出したとき、胸の底から熱さがこみ上げた。自分で初めてプログラムを組んだときより心が震えた。もう一度論文の最後の署名を見る。直筆で「神野譲」と綴られていた。日本人だ。ゆずる?じょう?読み方を問うように、指先でそのサインに触れた。嫉妬する気も湧かないぐらいにレベルが違った。

「…凄い」

俺は今まで、ちょっと留学気分でアメリカに行くのもいいなあなんて、招聘を軽く考えていた。でもこんな人がいるなら。この人と働けるなら。俺は席を立って理野のブースへ近付いた。そして顔をあげた理野に、興奮を隠さずに詰め寄った。

「あ、あのっ、この人の他のも見たいんだけど、どうやったら取り寄せられる?」
「あら、随分とお気に召したみたいね」
「うん、論文じゃなくても、手に入るものがあったら何でも」

理野は頬杖をついて俺を見上げ、ふうと小さく溜め息を漏らして笑った。そして俺の頬を指でつついた。

「ホントにキズモノになっちゃヤーよ、貴志」



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「とりあえず、この中から一人選びたまえ」

バサッと机の上に投げ出された書類の束に、俺はうんざりした顔をあげた。所長は面白くもなさそうな視線を寄越して「君が人手が足らんと煩いから、増員してやるんじゃないか。ここ最近、それなりの論文を発表した奴を揃えてある」と言う。

「…頭でっかちは役に立たねえ」

俺がそう言うと、聞き耳を立てていたラボのあちこちから失笑が漏れた。所長はアメリカの最高学府を出ているが、このラボでやってることといえばネットサーフとくだらん報告書作りだけだ。しかし所長は嫌味だとは露も気付かず「ならば指導したまえ、それがリーダーの役目だろう」と傲然と言い放って席へ戻っていく。俺はうんざりと書類を捲った。それぞれのプロフィールと論文に目を通す。

その束の一番最後だけが、やたらに厚かった。三人分かと思ったほどだ。論文のタイトルはこうだった。

「『螺旋回転推進を行うロボットのための負荷感応変速』…?」
「それってあれだろ?螺旋エネルギーとかいう奴」

その声に顔をあげると、ディエゴが横から書類を覗き込んでいた。

「ああ、そういや…あったな」
「日本人にしちゃ面白い発想だなって評判になったよな」

ディエゴは見ただけでげっぷが出そうな炭酸飲料をペットボトルから一気飲みして「で、そいつが来るのか?」と訊いて来た。俺は「さあな」と返事を濁して、その論文と添付されてたプログラムを眺めた。やたら冗長な論文だ。だから分厚かったのか。日本人は先に要点を言わないからイライラさせられる。結果を先に持ってくるべきなのに、前置きが長過ぎる。そういう俺も一応日本人だが。論文は確かにまあまあ面白かった。でもパッとしないと思っていた。そいつの組んだプログラムを見るまでは。

それは最初、論文と同じく、やたらに長いばかりの整理しきれてないプログラムに見えた。でもその一行一行に、組んだ奴の馬鹿馬鹿しいぐらいのこだわりが見えた。そんな繊細な部分まで指定しなくてもいいのにと思えるが、これを組んだ奴の頭ん中では、完成品の動きが完璧に出来上がってるんだろう。それをマニアックなまでに再現しようとしている。細かすぎる。でも引き込まれる。伏線があちこちに隠されたミステリーを読むような気分になる。

少しでもなめらかに、少しでも強靭に。一行一行に母親の祈りにも似た愛情が込められている。なんだこれは。もっと削れねえのか。俺は白衣の胸ポケットから赤ペンを抜き出して、そのプログラムを修正しようとした。削ったりまとめたりできる部分があるはずだ、絶対。俺は何度もその十数枚に渡るプログラムを捲ったり戻ったりした。駄目だ。なんでだ。弄れん。少しでも書き換えたら全体のバランスが崩れる。そんな馬鹿な。

「お前が弄れねえなんて、たいした奴だなあ」

赤ペンを握ったまま呆然とする俺を、横からディエゴがからかう。それを睨み返す気すら起きない。俺には絶対組めない、組みたくもねえ、でもこのプログラムは認めざるを得ない。この執拗さと細かさ、よっぽどの変態か天才だ。

俺はもう一度論文の最後のサインを見た。堀田貴志。そうだな、確か日本人だった。このクレイジージャパニーズに決定だ。仕事のやり方は多分水と油だが、同じような奴を揃えたって面白くない。

その論文を残して他のを封筒へしまい込むと、ディエゴがペプシを飲み干して言った。

「そいつにするのか?日本人同士だし、いいかもしれないな」
「国籍は関係ねえ」
「はいはい、苛めんなよ?でも相撲レスラーみたいな奴かも、俺らが投げ飛ばされたりしてな」

思わず失笑したが、体型的にそれはあるかもな。このマニアックな組み方、オタク臭を感じないでもない。まあ相撲取りでもオタクでも、役に立たなきゃ強制送還するだけだ。俺は封筒の上に採用者の論文を乗せ、トントンと机の上で書類を揃えると、それを持って所長の席へ報告に行った。


  1. 2008/03/03(月) 20:46:21|
  2. SS
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